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神戸地方裁判所 昭和56年(行ウ)2号 判決 1985年3月26日

原告

芦田繁伸

右訴訟代理人

在間秀和

武村二三夫

被告

兵庫県教育委員会

右代表者委員長

下川常雄

右訴訟代理人

大白勝

上谷佳宏

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五〇年六月一七日付でなした免職の懲戒処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、西宮市立用海小学校の教諭であつたものであり、被告は、原告の任命、懲戒等の権限を有するものである。

2  被告は、昭和五〇年六月一七日、原告に対し、「接着剤を悪用して非行化する青少年がいることを承知しながら、多数の少年に接着剤を売り、昭和五〇年五月一七日毒物及び劇物取締法違反容疑で捜査された。このことは教育公務員としてまことに遺憾である。」との理由で、地方公務員法二九条一項により懲戒免職処分をした(以下、これを「本件処分」という。)。

3  本件処分は、以下の理由により取り消されるべきである。

(一) 地方公務員の懲戒免職にあたつては、処分権者は被処分者に直接面談してその弁明を聴くことを要するところ、本件においては、用海小学校校長及び教頭が合計三回原告と面談したが、いずれも充分な弁明の聴取はなされていない。

(二) 被告は、本件処分時において、原告の行為そのものではなく、毒物及び劇物取締法違反容疑で捜査を受けたことを処分事由と考えていた。

しかし、右のごとき事由は、懲戒免職事由たりえない。

(三) 仮に、本件処分事由が、吸入目的で購入するものであることを知りながら少年に接着剤を販売したということであつたとしても、

実際には、そのような知情はなかつた。

(四) 仮に、吸入目的で購入するものではないかと疑いつつ少年に接着剤を販売したという事実があつたとしても、これを販売した玩具店「おもちやのあしだ」は、名実ともに原告の妻芦田泰子(以下「妻泰子」という。)が経営するものであつて、原告は、用海小学校からの退勤後、妻泰子や住み込み従業員の妹芦田美栄子(以下「美栄子」という。)が手の離せないときに、店の留宅番をしていた程度であつた。

このように原告のした販売行為は補助的なものにすぎないし、なるほど原告は当時生徒指導主任の立場にあつたが、その立場と妻泰子の玩具販売業とが直接関連するものでもないから、免職にするのは、懲戒処分として苛酷に過ぎ、行為と処分の相当性を欠き、懲戒権の濫用である。

4  よつて、原告は本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1(当事者)及び同2(本件処分)の各事実は認めるが、同3の主張(取消事由)は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和五〇年三月初旬頃から同年五月中旬頃までの間、妻泰子の経営する玩具店「おもちやのあしだ」店舗及び原告方自宅において、岸田俊行(当時一九歳)及び平川こと朴幸雄(同一六歳)らの青少年に対し、これらの者が吸入目的で購入するものであることを知りながら、塗料等の詰合せ商品である「モデルカラーセット・ミニー」の中から接着剤「サンセメン」(毒物及び劇物取締法により、みだりに摂取し、若しくは吸入し、又はこれらの目的で所持すること(三条の三)及びその情を知つて販売又は授与すること(二四条の二第一号)が禁じられている有機溶剤トルエンを含有する。)だけを抜き出すという方法で、これを自宅において約五〇回にわたり約八〇本、店舗において約二〇回にわたり約五〇本販売した。

右の販売の際、吸入目的での購入であることを原告が十分に認識していたことは、原告が、昭和五〇年二月末ころ妻泰子から「サンセメン」のみを販売することについての可否を相談された際、「ボンド遊びをしているのであるから売らないように。」と返答している点などからみて明らかである。

右の原告の販売行為は地方公務員法二九条一項第一号、(同法三三条違反)、三号に該当する。

2  地方公務員法四九条一項に基づいて交付すべき説明書には処分の基本事由たる事実はすべて記載することを要するが、その記載内容は、事実の同一性を識別できる程度のもので足り、それ以上に詳細な記載は要しないと解すべきである。

そして、請求原因2記載のとおりの「人事通知書」(右説明書にあたる。)の記載は、処分の基本事由たる前記1の事実との同一性を認識するに足るもので、処分事由の記載として欠けるところはない。

3  原告は、用海小学校教諭として児童の教育にたずさわつていたのみならず、同校の生徒指導主任として他の教員に率先して同校生徒の非行化を防止しなければならない地位にあつた。このような地位にある者が、同校の生徒以外の青少年に対するものとはいえ、非行化を助長する行為を行つたことは教育公務員としての職の信用を著しく傷つける非行というべきであるから、免職に至るも相当である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  処分事由について

被告が本件処分の際に作成した「人事通知書」の処分の理由欄の記載は前記請求原因2記載のとおりであり、また、西宮市教育委員会(以下「市教委」という。)作成被告宛の昭和五〇年六月一六日付「懲戒内申」にも、懲戒の理由として「(原告は、)昭和五〇年五月一七日毒物及び劇物取締法違反容疑で強制捜査され、甲子園署で取調べを受けた。教育公務員として子どもに対する重大な悪影響と教員として信用失墜行為かつ社会的にも不安が大きい。」と記載されている。

右各書面の記載をみれば、被告が本件処分時原告の行為そのものではなく前記容疑で強制捜査を受けたことを懲戒事由と考えていたことは、明らかである。

2  被告の主張1について

被告の主張1の事実のうち、販売の場所及び被告主張のごとき販売方法をとつたことが二回あることは認めるが、購入者の吸入目的を認識していたこと並びに販売の回数及び数量は否認する。

「モデルカラーセット・ミニー」は、原告自身の子供の使用のためにも数セットが供されているが、仮に、原告に青少年の非行化につながるものがセット中に含まれているとの認識があつたならば、自分の子供に何セットも渡すということはありえないはずである。

また、妻泰子は、原告の指示により仕入先の問屋のセールスマン浦野和行(現姓和田)及び玩具問屋森玩具店に問い合わせ、「サンセメン」には悪用される成分は含まれていない旨の回答を得て、これを原告に伝えている。したがつて、原告は、「サンセメン」を購入する顧客につき「シンナー遊び」に使用するのではないかとの疑念を有したことが一度はあつたにせよ、右のごとき問屋関係からの回答を得た後は、吸入目的で購入することの認識は有していなかつた。

さらに、「モデルカラーセット・ミニー」は塗装材料の瓶七本と接着剤「サンセメン」の瓶一本のセットであるが、その中には当時その吸入が社会問題化していたシンナーの瓶が含まれている。そこで、顧客が右セット中からシンナーのみをよりだして購入したのであれば「シンナー遊びに使用するのではないか」との疑惑も生じようが、セット中他の瓶とは本来の用途も異なる接着剤「サンセメン」のみを購入した本件の場合には、原告に、悪用されるとの認識の生ずる余地はない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)及び同2(本件処分)の各事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件処分の適否について判断する。

1  処分事由の同一性について

被告は、本件処分の処分事由として、被告の主張1の事実(毒物及び劇物取締法二四条の二第一号にいわゆる知情販売)をいうところ、原告は、「本件処分時において被告が処分事由として考えていたのは、右のような販売行為そのものではなく処分理由説明書の記載からも明らかなように、その容疑で強制捜査を受けたということであつた。」旨主張するので、この点について検討しておく。

(一)  地方公務員法四九条一項は、職員に対する懲戒処分を行う場合に懲戒権者に対して処分の事由を記載した説明書の交付を義務づけており、その趣旨は、処分を受けた当該職員に処分時における処分事由を熟知させ、不服申立の便宜を与えるとともに、懲戒権者の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制することにあり、それ故、処分理由説明書には当該処分時においてその処分の基礎となつた地方公務員法二九条一項各号に該当する具体的事実の記載が必要であるものと解されるところ、<証拠>によると、原告に交付された被告作成にかかる昭和五〇年六月一七日付の本件「処分説明書」中の「処分の理由」欄には、「(原告は、)接着剤を悪用して非行化する青少年がいることを承知しながら、多数の少年に接着剤を売り、昭和五〇年五月一七日、毒物及び劇物取締法違反容疑で捜査された。このことは教育公務員として、まことに遺憾である。」と記載されていることが認められ、右記載の文言は、これを全体的に読む限り、毒、劇物である接着剤の知情販売行為そのものを処分理由として掲げているものとみることができ、これと被告主張の前記処分事由との間に同一性があるものというべく、他方、右記載事由は、原告に対し不服申立のための判断材料を供するという観点からしても、その具体性に欠けるところはないというべきである。

(二)  次に、本件処分当時における被告の認識についてみても、<証拠>によれば、市教委が昭和五〇年五月二八日被告に対し懲戒処分の参考資料として提出した河村貞雄作成の「芦田教諭事件顛末書」及び同書面添付の別紙には、警察署係官からの事情聴取結果として「時間外で特定の者に売つている。」「ボンド遊びをしているのではないかと気付いたのは今年の二月終り頃であつた。三月には自宅の方に買いに来た。自宅で売ると次ぎ次ぎとグループを広めていつた。」等原告の販売行為そのものについての記載があること、昭和五〇年六月三日に被告の市教委に対する本件処分に先立つ実情調査があり、その際、市教委学校教育部学務課教職員係長中耕一は、同人が警察等から得た情報に基づき、原告は多数の少年にボンドを販売した旨を報告し、被告側も原告の販売行為が実際にあつたマ否マかという点に関心を持つていたことが認められ、右認定事実によれば、被告は本件処分時から前記のごとき原告の販売行為そのものを処分事由と考えていたものと推認できる。なるほど、<証拠>によれば、昭和五〇年六月一六日付市教委作成被告宛の「懲戒内申」書の「懲戒の理由」欄には「(原告は、)昭和五〇年五月一七日、毒物及び劇物取締法違反容疑で強制捜査され、甲子園署で取調べを受けた。」と記載されていることが認められるけれども、右のような事実のみをもつては右推認を覆すに足りず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(三)  以上によれば、処分事由の同一性に関する原告の前記主張は失当というべきである。

2  被告主張の懲戒処分事由(被告の主張1)の有無について

(一)  <証拠>によれば、以下の事実が認められる(<証拠判断省略>)。

妻泰子は、昭和四七年四月から「おもちやのあしだ」の名称で玩具店を経営し、自宅とは別に店舗を構えていたほか、自宅を「配送センター」と称して倉庫の代りに使用し、ここにも多数の商品や売れ残りの品物を保管していた。

その営業には、同女のほかに原告の妹である芦田美栄子が店舗に住み込みで従事していたが、原告も、週二、三回位、用海小学校からの退勤後に店舗に立ち寄つて店番や商品の運搬をし、また、休日に商品の配達をするなどの形で営業の手伝いをしていた。

右玩具店においては、昭和五〇年二月末ころから、プラモデル製作用の塗料等の詰合わせ商品「モデルカラーセット・ミニー」(一個三〇九円で仕入れ、五〇〇円で販売している)の売上げが増加するとともに、代金が安くなる訳ではないのにセット中から接着剤「サンセメン」のみを抜き取つて持ち帰る顧客が頻繁に現われ、また、夜間、さらには深夜に原告方自宅へ単独又は数人で購入しに来る顧客もしばしばあり、これらの顧客は、いずれも青少年であつて、その中には短時日のうちに何回も来るという者も少なからずおり、その人数は一〇名ないし一五名で、次第に顔ぶれも固定化した。

昭和五〇年二月から同年五月までの「モデルカラーセット・ミニー」の総販売量は一八七五個(九三万七五〇〇円相当)であり、そのうち、「サンセメン」だけを抜き出して販売した本数は、約三〇〇本であつた。

「サンセメン」には、毒物及び劇物取締法により、みだりに摂取し、若しくは吸入し、又はこれらの目的で所持すること(三条の三)及びその情を知つて販売、又は授与すること(二四条の二第一号)が禁じられているトルエン(劇物)が含有されており、昭和五〇年三月ころから同年五月中旬ころまでの間「おもちやのあしだ」店舗または原告方自宅においてこれを購入した青少年のうち少なくとも十数名は、まさに吸入目的で購入したものであつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない

(二)  ところで、<証拠>によれば、原告自身、右のころ、主として自宅において、前記のような吸入目的を有する青少年十数名に対し、一、二回ということはなく、少なくとも数回以上、「サンセメン」のみを抜き出して販売したことがあつたものと認められる。原告本人は、当時「サンセメン」のみを抜き出して販売したこと自体がそもそも二回位しかないかのように供述するが、<反証排斥略>、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、右乙号各証によれば、当時原告が「サンセメン」をそれのみ抜き出し、あるいはセットとして販売した総回数はかなりの多数回であることが認められるが、その対象を「吸入目的を有する青少年」に限定すると、原告の販売回数を前認定以上に詳びらかにする的確な証拠はない。

(三)  そこで、次に、原告の知情、すなわち、原告において、「サンセメン」がいわゆる毒、劇物であること及びこれを購入する青少年が吸入目的であることを知りながらこれを販売したか否かという点につき検討する。

前記(一)に認定したような「サンセメン」の顧客が、いずれも青少年のみで、約一〇名ないし一五名のほぼ固定した顔ぶれの範囲であり、しかも、セットの中からそれのみを抜き出して買つたり、夜遅く自宅にまで単独又は数人で買いに来るとか、同一人が短時日のうちに何回も買いに来るといつた購入の態様を全体的にみるとき、それがプラモデルの接着剤という本来の用途に使用するために購入するものではないことは容易に看取しうべきところ、<証拠>によれば、原告も、妻泰子から聞きあるいは自ら販売に関与することにより右購入態様を十分知り得たことが認められるから、原告としても、当時、「サンセメン」を本来の用途以外に使用するため購入することを認識していたものと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。

そして、<証拠>を総合すると、昭和五〇年春ころには、非行青少年がシンナー等の有機溶剤を吸入するいわゆるシンナー遊びが社会問題化しており、とりわけ、教育関係者の間では関心が高く、原告もそのようなシンナー遊びが非行青少年の間ではやつていることは熟知していたこと、「サンセメン」の瓶には「毒性あり。有機溶剤が含まれているので悪用して吸うと有害でくせになり健康を害することがあるので故意に吸わないこと」などと記載されたラベルが貼付されており、瓶を手に取つてみれば、容易にこの記載を読み取れること、原告は、昭和五〇年三月ころ、「モデルカラーセット・ミニー」中「サンセメン」のみを抜き出して購入する青少年がいることを妻泰子から告げられ、「サンセメン」のみを販売することの可否を相談されたのに対し、仕入れ先の問屋の販売員に含有成分を照会するよう助言したことさえあつたことが認められるから、当時、原告は、いわゆるシンナー遊びに関する知識を十分そなえており、「サンセメン」の瓶に貼られたラベルの記載内容を現認し(昭和五〇年五月一五日までこれを見たことがない旨の原告の本人尋問における供述は、右認定事実に照らし到底信用できない。)、かつ、前記購入態様の異常さを知るなかで、少なくとも、これら青少年は、シンナーないし類似の有害物質の吸入目的で「サンセメン」のみを購入するものであるとの疑いを抱きつつ、これを容認したもの、つまり、未必的認識を有していたものと推認できる。

もつとも、<証拠>によれば、妻泰子は、「モデルカラーセット・ミニー」の仕入先である大阪プラスチックモデルの販売員浦野和行(現姓和田)或いは、一般玩具卸問屋森玩具店係員の尾関に照会したところ、「有害物質は含有されていない。」「厳しい検査を経ているので有害物質がはいつているはずはない。」との趣旨の回答をえ、その照会結果を原告に伝えたことが認められるけれども、右事実をもつてしても、前記吸入目的の購入ではないかとの疑念が容易に払拭できるものとは考えられないので、前記推認を覆すに足りないし、原告ら夫婦の子供も「モデルカラーセット・ミニー」を約四個使用していたことも認められるけれども、前記の青少年に対する販売と自らの監督下にある子供にセットごと使用させる場合とは全く使用する側の状況が異なるから、やはり右推認を覆すには足りない。

(四)  前項の推認に関して

<証拠>によれば、原告は本件の刑事捜査の過程で、司法警察員に対しては、「悪用されているのではないかとの疑いを持ちつつ販売していた。」旨供述し、検察官に対しては、「ボンド遊びに使用されているのではないかと思いつつ」と供述していたことが認められ、右事実からしても、前項の推認は裏付けられるというべきである。

もつとも、原告は、本人尋問において、「刑事捜査を受ける直前、五、六名の男から、その子弟にサンセメンを販売したことを理由に暴行、傷害を受けたところ、警察における取調べの際、担当捜査官から、『男らは商売や教師の仕事をできなくしてやると言つているが、警察が守つてやる、教師の地位も保障してやる、刑事責任は問わない。』趣旨のことを言われ、これらの保障と引換えに警察官の取調べに対し自白した。」「検事調べに先立ち、相談役の中村、古川両弁護士から、『刑事事件については不起訴にするよう話をつけたから、検察官の言う通り認めておけ。』との趣旨の助言を受け、検事調べにおいても自白した。」などと供述するが、原告の学歴(原告本人尋問により認められる。)及び当時の職業から推察される原告の知的水準に照らすと、仮に、警察官が、玩具店の営業の継続及び教師の地位を保障するとか、刑事責任は問わないとか約束したとしても、これはいずれも警察官の職務権限とは無縁のものであつて、その警察官の意思により実現しうるはずのないものであることを容易に看破しうるものと推認できるので、これらの利益誘導と引換えに自白をしたということに信用できないし、さらに、検事調べ以前に担当検察官と弁護人となろうとする弁護士との間に不起訴処分の約束ができており、かつ、それを理由に弁護士が被疑者に対し自白すべく助言するということも、検察官の職務上の義務、権限並びに弁護士の職業倫理に照らせば、た易く首肯し難いところである。

本件全証拠を検討してみても、他に前項の推認を覆すに足りる証拠はない。

(五)  以上によれば、原告は、昭和五〇年三月初旬ころから同年五月中旬ころまでの間、主として原告方自宅において、青少年に対し、これらの者が吸入目的で購入するものであることにつき、少なくとも、未必的な認識を有しながら、毒、劇物トルエンを含有する「サンセメン」を、数回以上販売したことが認められ、<反証排斥略>、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(六)  前記(五)に認定の原告の行為は、毒物及び劇物取締法二四条の二に該当するところでもあり、地方公務員法三三条に違反し、かつ、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であつて、同法二九条一項一、三号に該当するというべきである。

3  告知、聴聞手続の履践について

<証拠>によれば、昭和五〇年五月一九日、用海小学校教頭酒井が原告方を訪問して原告に面談したところ、原告は、酒井に対し「検察庁に送られるならば、法廷闘争も覚悟している。」と述べたこと、同月二二日、同小学校長河村貞雄が、原告方を訪問して原告に面談し、事件顛末書の提出を指示したが、原告は、これを拒否し、事件の詳細は原告個人の生命の安全の保障が確認された上でいう旨述べたこと、右面談の結果は、同月二三日、河村から市教委に報告されたこと、さらに、以上の経緯は、同月二八日、市教委から被告へ報告されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、原告の酒井及び河村に対する右応答内容をみると、右応答の前に、酒井及び河村は、原告に対し、本件人事通知書の処分の理由欄記載のごとき事由を問題とされている処分理由として告知したか、或いは、少なくとも、原告は、この事由が問題視されている旨暗黙のうちに理解していたものと推認できる。

ところで、地方公務員の懲戒処分に先立ち、処分権者が、被処分者に対し、処分事由を告知し、弁解の機会を与えることを要するかという点については、なお検討を要するところであるが、仮にこれを積極に解したとしても、右認定事実のもとでは、被告は、酒井及び河村を通じて、処分に先立ち、原告に対し、処分事由を告知し、一応の弁解の機会を与え、これを聴取したというを妨げないものというべきである。

したがつて、告知、聴聞手続の履践の不備をいう原告の主張は、失当である。

4  懲戒権濫用の主張について

原告は、免職に至つた本件処分は苛酷に過ぎ、懲戒権の濫用であると主張するので、この点につき検討するのに、法定の懲戒事由がある場合に懲戒処分を行うかどうか、それを行うときにいかなる処分を選ぶかは、原則として懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者の右裁量権に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り、当該懲戒処分が違法となるというべきであつて、かくのごとき見地に立つて、本件処分が懲戒権を濫用したものと認められるか否かについてみる。

なるほど、玩具店「おもちやのあしだ」の経営者は妻泰子であつて、原告はその営業を補助するにすぎなかつたこと、原告は「サンセメン」購入者の吸入目的につき未必的認識を有するにすぎなかつたことは、前記の通りである。

しかしながら、「サンセメン」は、毒物及び劇物取締法により、興奮、幻覚又は麻酔の作用を有する毒物又は劇物として指定されている有機溶剤トルエンを含有し、みだりに摂取、吸入し、又はこれらの目的で所持すること、これらの情を知つて販売することが同法により禁止されており、その取扱いはくれぐれも慎重を期すべきであるのに、原告は、他方において、前記認定の吸入目的につき認識を有する場合以外にも「サンセメン」の販売に自ら多数回にわたり関与していること、昭和五〇年当時非行青少年によるいわゆる「シンナー遊び」が社会問題化し、原告も当然かような事情を熟知していたことは、前記のとおりであるし、証人藤井達男の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五〇年当時、用海小学校教諭として児童の教育に従事していたばかりか、同年四月から同校生徒指導主任として他の教員に率先して同校の問題行為児童の指導をすべき地位にあつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、これら事実に照らせば、冒頭記載の事実があるとしても、なお免職に至つた本件処分が懲戒権を濫用したものと認めることはできない。

5  以上によれば、本件処分には何ら違法な点はないというべきである。

三叙上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(牧山市治 具阿彌誠 柴谷晃)

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